36. 年の始めの歌語り


 この正月も賀客相手に一夜さは、物騒な話はやめにして、せめて酔談に世を忘れたいと、年の暮から忘年の歌書など座辺に集めて置いた。

佐久良 東雄
 「これをしてかれをしをへてかくしてと歳の首(はじめ)はたのしかりけり」
 幕末の有名な歌人で、愛国の歌が多いが、この歌はまことによく人情の正を表現し得て共鳴する。

貝原 益軒
 「来しかたは一夜ばかりのここちして八十ぢあまりの夢を見しかな」

岡野 直七郎
 「すめくにの年のはじめの祈りには貧しき人に耻あらしめな」
 岡山県赤磐の産で、前田夕暮や尾上柴舟に学び、大正から昭和に活躍した人である。歌はこれ一首しか知らない。あれこれ思えば思う程恥多いが、老来ただ一誠字を知ることが出来た。

伊勢 貞丈
 「心だに誠の道にたがひなば祈ればとても神は守らじ」
 世の人々に痛切である。

良寛和尚
 「わびぬれど我が庵なればかへるなり心やすきを思出にして」
 わが庵をわが国としてもよい。祖国としてもよい。この頃資本の外国逃避を企てたり、ハワイあたりに家を持つ人があるときくが、今の日本は確かにわびしいことが多いけれども、やっぱり我国を逃げるのは誠でない。

尾山 篤二郎
 「事しあらば火にも水にも入りぬべし明日はな思ひそ後は後のこと」



 (郷研通信・平成2年2月)