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東洋の哲学から学び、
日本人としての道を模索し続けた安岡

世の中を良くするには、公私ともに優れた人物が必要であるとの信念のもと、その養成に一生を尽くす。特に国民の幸不幸は政治の影響が大きいとし、政財官界の指導者層の啓発・教化・指導に力を注ぐ。その教えの基本は、日本の伝統を大切にする立場からの東洋的な思想・哲学であった。


昭和20815日正午、天皇陛下の「終戦の詔書」がラジオで放送された。この「詔書」に最終的に目を通し、手を入れたのが安岡正篤である。また、元号「平成」の考案者であり、吉田茂から中曽根康弘まで、歴代の総理大臣の指南番的存在であったことでも知られている。


安岡正篤は、古典と歴史に学ぶこと、それを実生活の上に活かすこと、つまり「活学」が大切である、と繰り返し述べている。

なぜなら、現代の我々を取り巻く諸問題も、既に優れた古人がその対処法・解決法を古典の中に残してくれているからである、という。

そして、自身が若き日から命懸けで学んできた和・漢・洋の古典と歴史に立脚し、東洋哲学的な観点から、実践的な指針を我々に示すのである。


生前はほとんど表に出ず、知る人ぞ知る存在だった。しかし没後、著書や講演録が相次いで出版され、30年たった今でも、己の生き方や国の在り方を真面目に考える人々に熱く支持され、深い感動と人生の指針を与えている。

またその教え=「安岡教学」「安岡人間学」に基づいた大小様々な勉強会や集りが、道を求める人々によって全国各地で催されている。


安岡正篤が昭和初期に開校した「日本農士学校」。その跡地では現在「公益財団法人 郷学研修所・安岡正篤記念館」が、「日本農士学校」以来の道統を継承しつつ活動しており、安岡教学・安岡人間学に心を寄せる全国の人々の精神的拠り所となっている。

明治31年(1898)─

昭和58年(1983)

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